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Friday, 15 June 2012

the first step on the Welsh soil

久しぶりの更新です

なんと5月下旬から、東京の両親がウェールズの土地に初上陸していました。
3週間ちょい、ウェールズを満喫して行きました(^^)

カーディフ城の見張り台にて。

上陸翌日は快晴も快晴。
気持ち良い青空がこれでもか~!っていうくらい広がって。
時差ボケにもならず、さすがお年寄り!

隣村の丘のてっぺんにあるゴルフ場。
念願のウェールズでのゴルフに父ウキウキ♪

すごいゴルフ場で、クラブハウスには誰もいなくて、やりたい人は
郵便受けに一人8ポンド(1000円くらい?)を入れてください。と張り紙が・・・
前後誰もいなくて、やりたい放題!私も1ホールだけ、芝生を掘ってきました・・・あちゃ。

カーディフのコッホ城の入り口で。

産業革命のころ、ウェールズが一番栄えた時代に石炭の鉱山でもうけた人が
おとぎ話のような別荘が欲しいと、当時ボロボロになっていたお城を改修し
金に糸目をつけずに思い通りに建てなおしたお城。

その産業の基礎となった鉱山ではあるけれど、だんだんとすたれ
今はほとんどが閉山。掘り起こした石炭や鉛、スレートを運ぶための
トロッコ用の線路を、つい最近になって、蒸気機関車として観光化して
夏の間だけ運行しています。ウェールズには数え切れないほどの
機関車線路があり、これは北部のスレート鉱山の機関車。
大自然の中を1時間ちょいの機関車の旅。

車窓からはのんびり川辺で釣り糸を垂れる人が・・・

出発前に自宅前でパチリ。
こんな石造りの古いコテージに住んでいます(^^)


長旅でしたが、こんなところに住んでいるということが両親にわかってもらえて
よかったです。食べ物や空気・水が違って疲れただろうに、風邪もひかず
よく頑張ってくれました。お疲れさまでした~

Wednesday, 30 November 2011

a beautiful dawn

戻ってまいりました~

ウェールズのきれいな夜明けです

昨日はひどい嵐だったのですが、台風一過ってやつですかね。

そこまで寒くもなく、すがすがしい、ウェールズにしては珍しい朝。

夜明け、といっても8時です。

東京へ行っている間に、どんどん日が短くなっていて、日没も4時。

あと1カ月弱、冬至までにもっともっと暗くなります。

遠くの丘には少し靄がかかってるみたい。

やっぱりあったかいのかな。

東向きのうちの居間はお天気だと素敵な日の出が拝めます。

だって高層ビルどころか、なーんにも障害物がないんだもの!

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今回の帰国は寂しい悲しい帰国で、さらに母の足腰が大変なことに
なっていたけれど、バタバタしつつも家族との時間がたくさんあって、
充実した帰国になりました。(その分、友達に会える時間がほぼ皆無
だったのだけど…)

仕事しながらも時間を割いてくれた兄や弟&Kリン、元気なちびっこを
2人抱えながら空港にまで見送りに来てくれたHちゃん、しょっちゅう
実家に様子を見に来てくれているJちゃん、それからいまだ変わらず
実家にのんびりスペースを提供してくれた両親、
みーんなに大・大・大感謝。
安心して帰れる場所があるって本当にありがたいことです。


今日からまたがんばろっと♪

Thursday, 24 November 2011

Good-bye forever...

昨日はおばあちゃんの納骨の法要でした。

とってもいいお天気で、おばあちゃんの子供(親の世代)をはじめとして
孫もひ孫も、甥も姪も、たくさん集まって、わいわい。チビっ子が多いから
和尚さんの読経の最中も、つい思ったことを口に出してたりして、大人も
こらえられずクスクス笑っちゃったりして。終始和やか。

きっとこれこそ、おばあちゃんが喜ぶ法要だったんじゃないかな。
だって、娘たち、孫ひ孫にいつも囲まれてて、ひいばあちゃ~ん、って呼ばれて、
めちゃくちゃ幸せそうだったもん。

日本に急きょ帰国して、おばあちゃんのいた部屋に、おばあちゃんのベッドもなく
おばあちゃんの空気が感じられないのは、悲しい、っていうのじゃなくて、変。
うちじゃない、みたいな感じ。

でも昨日の納骨をへて、これで一区切りがついた気がする。
おばあちゃん、13年越しでおじいちゃんとまた一緒になったね~。

病気という病気もせず、子孫に見守られて自分の部屋で息を引き取った
おばあちゃんは、なんだか本当にスゴイ人だったんだろうなって。
やっぱり関東大震災も、東京大空襲もくぐりぬけてきた人の芯は、
鉄どころじゃなくダイヤモンドみたいに硬くて強い。

それから、その強ーいおばあちゃんをずっと自宅介護していた母もスゴイ人。
いっぱい休んで、これからは自分のために時間を費やしてね。

私もそのDNA受け継いでるかなぁ。。。(すでに強いって?)いやいや
まだまだ修行不足です。甘いよねぇー。がんばろっと。




小学校のころ、おじいちゃんとおばあちゃんと犬の散歩に行ってた公園↓
紅葉してきてキレイになってた(^^)

Tuesday, 21 September 2010

家族

BBCでも、日本で、お年寄りが亡くなっているのに生きていることになっていて

その中には、子供や孫が年金をもらうために死亡届を出してない例がある、と

記事を書いていた。


http://www.bbc.co.uk/news/world-asia-pacific-11299646


イギリスでは、日本はまだ、年長者を敬い、お年寄りを大切にする文化だと

思っていたのに、3代同居のような形の家族構成はもはや過去のことに

なってしまった、と書いている。


確かに私が小学校の時は、同級生でおじいちゃん、おばあちゃんと同居してる

家族はたくさんいた。私もそう。当たり前のように思ってたし、核家族について、

若いころは考えたことあまりなかった。それは東京生まれ東京育ちだからかも?


地方出身で就職先を見つけるために都会に出てきて、そこで結婚して、っていう

人たちの親はきっと故郷にいるんでしょう。だって、都会じゃ大人4人プラス子供も

住めるようなマンションは高くて買えないし、お年寄りだって70代80代になって、

故郷を捨てて、大都会に住みたくないだろうし。


でも、子供が親の所在を何十年も知らないっていうのは、とても悲しい。

一緒に住んでなくても、または援助できなくても、せめて連絡取って、大丈夫かどうか

くらいは確かめられるのに。 とはいえ、みんながみんな、ハッピー家族とは限らないしねー。

それに、親が子供に、老後は絶対世話しろ、ってプレッシャーかけてたり、実際、世話を

してもらっていて、それが当たり前って思ってるのにも原因があるんだろうし。

難しい問題、です。


私は大学を出るまでずっと大家族(8人)で育ってきて、その後は海外勤務→東京→海外と

行ったり来たりですけど、家を出てから家族のありがたみが身に沁み入ってます。

10代の頃はうざったくて仕方なかったのにね。「トシ」かしら・・・? 年に1回の帰国でAnともども

温かく迎えてもらえて感謝、感謝。


やっぱり、思いやり、の問題なんでしょうかね。お互いの。